(撮影:新潮社)
厚生労働省が行った「令和4年 国民生活基礎調査」によると、悩みやストレスの原因として最も多く回答されたのは「自分の仕事」、次いで「収入、家計、借金等」だそうです。人生には数多くの「苦」があるなか、「生きているだけで大仕事。『生きることは素晴らしい』なんてことは言わない」と話すのは、恐山の禅僧・南直哉さん。今回は、南さんが説く、心の重荷を軽くする人生訓を自著『苦しくて切ないすべての人たちへ』より、一部お届けします。

「苦」の正体──覚めない夢、破れる現実

学校と相性の悪かった私は、学生時代に数々の苦杯を舐めたが、その幾つかは余程のトラウマとなったのか、50を過ぎても夢に出て来た。

一つは、高校の定期テストで、科目は何かわからないが、1問もわからず、このままだとゼロ点だという瀬戸際に追い込まれて、あまりの焦燥で失禁しかけたとき、なぜか着ている服の袖が作務衣であることに気づいて、「あれ?」と思った途端に目が覚める、というものである。

もう一つは、どういうわけか、永平寺への入門が決まったのに大学の単位が足りず、卒業できなくなる夢である(実際には卒業後、一般企業に就職してから出家した)。

浅知恵でよく知らない洋酒を買い、それを持参して指導教授(それがいたのかも今やわからない)のところに、泣き落すつもりで駆けつける途中、思い切り転んでしたたか顔面を打ち、あまりの痛さに両手で顔を覆ったら、服の袖が作務衣──。

このように馬鹿げた夢を、50を過ぎても、疲労が蓄積すると決まって見ていた。ただ、馬鹿げていることは確かだが、見ている最中は正しく「現実」である。あの焦燥は実際に大量の寝汗をかかせ、私を疲労困憊にさせたのである。