マンションへ移るも部屋は別々

怒りに震えた郁代さんは、「料理は大嫌いなのでもう作りません。家事もしたくないので、主婦業を引退して家を出ます」と宣言した。

「夫からは『お前は家事を楽しんでいると思っていた』と言われました。冗談じゃないですよ。結婚以来、そんなふうに思ったことは一度もないというのに。心底あきれました」

とにかく家を出たいと主張する郁代さんと、考え直してほしいと懇願する夫。2人の意見は平行線のまま時間が過ぎた。

「そんなある日、夫が『夫婦で中高齢者専用分譲マンションに移るのはどうだろう?』と提案してきて。なんでも職場の先輩で、奥様の家事疲れを理由に入居した方がいらしたそうなんです。そこなら食事の支度が不要になるだけでなく、看護・介護サービスもあるからこの先何かあっても息子たちの世話にならずに済む。魅力的な話だと思いました。

息子たちは当初、急すぎると反対していましたが、『その代わり、お父さんとお母さんの老後は心配しなくていいよ』と説得しました」

郁代さん夫婦は、早速ネットで情報を収集。何ヵ所か見学をした後、千葉県にある、温泉付きの施設への入居を決めた。

「入居金は、夫の退職金と自宅を売却したお金で。部屋は夫婦別々、約25平米のワンルームです。私は別のフロアでもよかったくらいなのに、夫が不安がるのでお隣どうしにしました。食事は3食とも1階にあるレストランで食べますが、特に時間は決めていません。偶然会うと『あら、おはよう』なんて(笑)」

公共のラウンジでは、ミニコンサートや映画上映会、アロマテラピー教室など、さまざまなイベントが毎日のように行われている。郁代さんは、それらのほとんどに参加しているそうだ。

「夫は現在、元の勤務先から嘱託として仕事を請け負っています。やっぱり働くのは楽しいらしいですよ。私もストレスがなくなったせいか、夫に優しくできるようになりました。思い切った決断でしたが、結果的に大成功だったと思います」

郁代さんの夫のように、「女性は好きで家事をしている」と思っている男性は少なくない。もちろん楽しんでいる人もいるかもしれないが、皆が皆そうではないはず。「察してください」ではなく、自分が何を不満に思っているか、言葉にして伝えるのも大切なのではないだろうか。

 


ルポ・悪戦苦闘の末、「家庭内別居」を選択した妻たち

【1】「昼飯は何だ?」定年夫との生活は安息の老後とは程遠く
【2】「家事を楽しんでいると思っていた」大嫌いな主婦業を卒業した日
【3】毎朝4時半に起床する夫。生活スペースも食事の支度も別に