今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『本音』(小倉 智昭, 古市 憲寿 著/新潮新社)。評者は書評家の中江有里さんです。

思い通りにならない老後とテレビへの思い

ずっとテレビの中で喋っていた人が、本の中で本音を語りだす。その姿はあけっぴろげだ。

小倉智昭さんと言えば淀みない喋り。なにより多趣味で政治から芸能界まで網羅している。長らくMCを務めた朝の情報番組でがん罹患を公表し、治療と休養を挟んで再び司会者として復帰した。

ここまでは小説でいうならよく知られたあらすじ。華やかな舞台の裏には、知られることのない物語がある。

少年時代吃音だった小倉さんは、頭の中で話す言葉を事前に決めていたという。うまく話せない劣等感が巧みな語りへ昇華した。

学生時代は勉強しなかった。その代わり自分にノルマを課し、毎日3冊の本を読み、CDを聴き、DVDを見てあらゆる情報を取り込んだ。コンプレックスをバネにしてきた。

時に自身の発言が思わぬ反響を呼び、いくつかの業界団体から疎まれもした。

テレビは好感度が物言うメディアだ。出演者の人気は視聴率へつながる。小倉さんはその発言から独善的なイメージを持たれがちだが、自身についてはかなり客観的だ。

「(大橋)巨泉さんとか久米(宏)さんにはなれませんよ」

彼らが担った夜の番組ではなく、朝や昼の流し見する番組が自分には向いている、と言う。逆に言うなら独特のアクの強さが流し見する視聴者の心を掴んできた。人に好かれたくて口をつぐむのではなく、嫌われても疎ましがられても言いたいことを言ってきた証だ。

三途の川を渡りかけながら生還し、膨大なコレクションの処分に苦心し、76歳からの一人暮らしの食生活に悩む「思い通りにならない老後」を明かし、いわゆるジャニーズ問題、著名人の不倫、不祥事などへの考えを率直に古市さんに答える一方で、今後についての野心も語る。テレビから飛び出した小倉さんが隣に座って話している、そんな読後感がある。