「結局私は、死んじまえと思っていた男や家族のためにアメリカにいて、父のことは捨てたんだって、そりゃあ悔やんで」(伊藤さん)

阿川 愛された娘じゃないですか。お父さまが亡くなられたときはショックでした?

伊藤 連れ合いが死んでも犬が死んでも泣かない私が、泣きました。結局私は、死んじまえと思っていた男や家族のためにアメリカにいて、父のことは捨てたんだって、そりゃあ悔やんで。でもね、介護って後悔したほうがいいんですよ。

阿川 ええっ? 私もずいぶんいろんな人に助けられて両親を見送りましたけどね。親を施設に預けると、今でも〈介護を放棄した〉って言われそうな空気があったりする。だけど、自分が楽になる方法をとっていいんだと思います。

伊藤 でしょう? だって、父って人が一番望んでいたのは「比呂美の幸せ」のはずだから、私が後悔してても許してくれると思うの。

阿川 うちの父は3年半入院して、最後まで病室でワインだ、すき焼きだって食べたいものを所望していました。亡くなる前日、私が仕事の合間に天ぷら揚げて持っていったら、長いこと咀嚼した挙句、「まずい」。これが娘に対する父親の最期のことばですよ!

伊藤 あはは。よかったじゃない。夫が死ぬ間際ね、尿瓶におしっこするとき「見つからない」とか言うの。ペニスが。

阿川 見つからない? ミニソーセージぐらいなの?

伊藤 ソーセージもへったくれもない、まるくてちっちゃな袋みたいになる。かつてはこんなじゃなかったのを知ってるから……。

阿川 そりゃそうだ。