「堰堤」と「水門」の記号

人工的に河川に段差が作られる場合もある。ダムよりはるかに数が多いのが堰堤(記号では「せき」)だ。

上水や農業用水に安定的に水を引き入れるための施設が主で、実線と破線を並行させた記号だが、破線は水に隠れているイメージなので必ず上流側に描かれる。

この記号は水の少ない砂防堰堤にも用いられるが、廃棄物処分場の堰堤のように河川と直接関係のないものは土堤の記号だ。

「水門」も主に河川に設けられるが、造船所のドックの入り口にも用いる。記号は細線の両端に黒丸を打って表現したものである。

史上たびたび津波に襲われた三陸海岸沿いには東日本大震災の前から立派な水門が設けられているが、実物に比べて記号が貧弱なのでちょっと違和感がある。大型水門はもう少し太線のゴツい記号にした方が実態に近いのではないかと感じるが、過度に安心させない深謀遠慮なのかもしれない。

ヨーロッパなどの水上交通では河川を船が上り下りするための施設である閘門(こうもん)が多く、専用の記号も決められているが、急流河川の多い日本には実例が少ないため水門の記号が流用されている。

珍しく東京に存在するのが小名木川(おなぎがわ)などに設けられた閘門で、東京のいわゆるゼロメートル地帯では市街地より運河の水位の方がかなり高いから、安全のためこの装置によって水面を市街地の標高に近づけている。

※本稿は、『地図記号のひみつ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


地図記号のひみつ』(著:今尾恵介/中央公論新社)

学校で習って、誰もが親しんでいる地図記号。地図記号からは、明治から令和に至る日本社会の変貌が読み取れるのだ。中学生の頃から地形図に親しんできた地図研究家が、地図記号の奥深い世界を紹介する。