日本人向けの商店が軒を連ねる新盛橋通りを北に向かって歩いていると、視線の先に見慣れた小さな後ろ姿をみつけてハルは思わず立ち止まった。
 鳥籠をいくつも吊した店の軒先で、ひときわ大きなムクドリに百合川が台湾語でなにか声をかけていた。中華襟の白いブラウスに濃紺のプリーツスカートがよく似合っている。首に黒い輪のような模様があるムクドリは、百合川の歌うような声に、大きな透きとおった鳴き声で応えていた。
 のどかな光景に自然と笑みがもれてしまう。
 ――いけない。みつからないように通り過ぎないと。
 そんな思いもむなしく、百合川は視線をムクドリからそらした。ハルを見て満面の笑みを浮かべる。
「なんだ、ハルじゃないか。おはよう。いい題材はみつかったか?」
 百合川は一昨日の編集会議でのやりとりなどまるで気にしていないようだった。
 言葉だけじゃなくて神経も男みたいに図太いのかしら、とかすかな反感を抱きつつもハルはその質問をはぐらかすように、昨日は編集部には泊まらなかったんですか、ときいた。
 百合川はハルの反応からなにかを感じとったのか、しばらく考えていたが、急にハルの手をとって歩きだした。突然感じる手のあたたかさにハルの胸の鼓動は高まる。