一九三三年、日本統治下の台湾。ある事件により東京の雑誌社をクビになった記者・濱田ハルは、台中名家のお嬢様・百合川琴音のさそいに日本を飛び出し、台湾女性による台湾女性のための文芸誌『黒猫』編集部に転がり込んだ。記事執筆のため台中の町を駈けまわるハルが目にしたものとは――。モダンガールたちが台湾の光と影を描き出す連作小説!

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 三 前編

 朝、ハルは玉蘭が一階の戸を閉める音で目を覚ました。
 玉蘭は、ほんとうに早起きだ。まだ暗いうちに起きだして、ハルの分まで朝食の支度をして、ハルが起きる前には朝食をすませて初音町の編集部に向かう。編集部のある建物の入口や階段を掃いてから、窓を開けて風を通し、百合川が部屋の奥のソファーで寝ているときは、起こさないように掃除をして、一階のカフェーの台所でコーヒーまで入れているらしい。
 眠い目をこすりながら廊下の突き当たりの洗面所で顔を洗い、書斎の机に置いてあった食パンを数秒でたいらげ、水色のワンピースに着替えて外にでると太陽はもうまぶしいくらい輝いていて、ハルは日傘を広げた。
 早朝の通りは市庁舎のほうに向かうワイシャツ姿の男たちと、天秤棒を担いだ物売り、それに学校へと歩く女学生の声で賑やかだ。いま笑い声を上げながら通り過ぎた一群は、紺色の襟に白い二本の線が入ったセーラー服に紺色のスカートという格好をしていたから、私立恩寵高等女学校の生徒だろう。胸の前で蝶結びにされた真っ白な絹布が夏の朝の日差しにまぶしかった。