(写真提供:Photo AC)
令和4年度、厚生労働省は「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査」を実施しました。この調査によると、「末期がんと診断された場合、最期をどこで迎えたいか」という質問に対し、医療・介護従事者が最も多く答えたのは「自宅」だったそうです。そのようななか、訪問診療医の小堀鴎一郎(鴎の文字、正しくは鳥部と匸に品)先生は「在宅死は理想的な死かというと、必ずしもそうではない」と話します。今回は、解剖学者の養老孟司先生との共著『死を受け入れること ―生と死をめぐる対話―』から一部を、お二人の対談形式でお届けします。

「1年は生きてちょうだいね」

小堀 食道がんの患者の中には、手術はやめて、放射線科に回されることがあるんです。だけど、1980〜90年代は例えば80歳の人に放射線をかけたら、そこで人生は終わってしまう。ご飯が食べられなくなり、髪の毛も抜けて、寝たきりになってがんも治らないまま死ぬというのが一つのパターンとしてありました。

それで僕は放射線科の病棟に行って、そのような患者に僕が手術してやるよ、と言うことがありました。手術をすれば飯が食べられるようになりますよ、と。それであるおばあさんが手術をした後、ちゃんと食べられるようになって、自分の家に帰れるようになった時に「僕にも面子(メンツ)があるから1年は生きてちょうだいね」と言ったんです。

そうしたら、彼女は365日目に死んだんです。別の病院だったので僕は知らなかったのですが、予後調査で調べたらそうでした。

養老 全くそれと同じ例が、ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』(みすず書房)に書かれています。

ある被収容者が、自分は3月30日に解放されるという夢を見たのですが、戦況からいって、まるでその気配がない。その人は3月29日に高熱を出して倒れて30日に意識を失い、31日に発疹チフスで死ぬんです。そういうギリギリのところでは、気持ちが影響するんです。