部屋のなかが静かになると、百合川は大きな声を上げて笑いだした。ハルは予想外のその百合川の様子にあっけにとられる。劉はそそくさと立ち上がって、ひとりでハルが割ってしまったラムネの瓶の掃除をはじめた。
百合川は笑いながら、ハルの顔を見ていった。
「いくらなんでもかぼちゃ頭はいいすぎだろう。きみは加減を知らないな」
ハルは、急にさっき啖呵をきったことがはずかしくなってきた。
「いったい、あいつらは何者なんです?」
その問いに、百合川はまた笑いだした。おかしくてたまらないといった様子で、知らずにやったのか、といって腹を抱えて笑っている。さすがにハルは腹が立ってきて、もう勝手になさってください、といって瓶の掃除をしている劉に近づく。
後ろから百合川の声がした。
「きみは驚くほど短気だな。あれは、警察だよ」
その瞬間、ハルは背筋が一気に寒くなった。
ああ、あたしはばかだ――。
頭のなかに、数ヶ月前、下宿から兄を強引に連れていった特高警察の姿が浮かんだ。それから、あの冷たい取調室の机。指の間に食い込む鉛筆の感触も。兄の下宿に数日泊まったことがあるというだけでハルも苛烈な取り調べを受けることになった。
兄がかつて大学生のころに社会主義者たちと親しくしていたとかで実家と断絶していたことは漠然と知っていた。しかしその付き合いが現在まで続いていて、問答無用でいきなり逮捕されるとは思いもしなかった。とはいえ、どれだけ痛めつけられても折れる様子のないハルの強情さに手を焼いたのか、あるいはなにひとつ兄の関係する組織について知らないということに、刑事たちがいい加減気づいたのか、三日目の晩には釈放されたのだけど、一週間は拷問で痛めつけられた指に力が入らなかった。
知らず知らずのうちにハルは指をさすっていた。