『源氏物語』が語りたかったこと

帝は「わたしを残して死への道を行くことはありませんね」と、更衣に語りかけます。

それに対して語ったのが、更衣の「わたしがいきたいのは、命の道です」でした。

「いきたい」には、「行きたい」と「生きたい」が重ねられています。

桐壺更衣の人生は、辛く苦しいことの連続だったでしょう。

けれども、生きるのがこれほど辛いのなら、いっそ死んで楽になりたいというのではなく、それでもなお生きたいと、更衣は言い残して亡くなることになります。

更衣は帝との間に、源氏というこの物語の主人公を産み、亡くなります。まるで源氏を産み、亡くなるために、登場してきたようです。

それでもなお、更衣は生きることを切望して物語から退場します。

『源氏物語』は、生きることを強く願い、心に誓うことを冒頭に記しました。それがこの物語が追い求める、大切なテーマだったからです。

※本稿は、『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(著:松井健児/中央公論新社)

源氏物語の原文から、68人の人びとが語る100の言葉を厳選し解説。

多彩な登場人物や繊細な感情表現に触れ、物語の魅力に迫ります。