「甲州」が秘めていた香り
シュール・リー製法を取り入れれば簡単においしい辛口甲州ワインが造れるように感じられるかもしれないが、実際にはそうではない。ワインと滓を一緒に寝かしておけば品質が向上するといった単純な話ではないのだ。
品質のよい滓を得るためには、適切な果汁処理、酵母の選択や発酵コントロールが必要である。
さらに、滓との接触期間中にワインに異臭を与える硫化水素の発生を防がなければならない。くわえて酸素を供給する攪拌(かくはん)作業にもコツがある。
メルシャンによる辛口甲州ワインの改良は続き、2004年(平成16年)にはこれまでにない柑橘系の香りを出すことに成功する。
そして分析を依頼されたボルドー第2大学醸造学部の富永敬俊(とみながたかとし)博士が、「ソーヴィニヨン・ブラン」に特徴的なグレープフルーツの香りの成分を「甲州」から発見したのだ。
この香りを生かした「甲州きいろ香(か)」は2004年に誕生し、翌年発売された。
和食に合うハッサクやザボンの香りがする、日本オリジナルの辛口甲州ワインはこうしておいしくなったのである。
※本稿は、『日本の果物はすごい-戦国から現代、世を動かした魅惑の味わい』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『日本の果物はすごい-戦国から現代、世を動かした魅惑の味わい』(著:竹下大学/中央公論新社)
日本の歴史を語るのに果物は欠かせない。
徳川家康はなぜ関ヶ原の戦い直前に柿と桃に願をかけたのか。太平洋戦争中、軍需物資として密かに大量生産されたのはどんなブドウだったか。
日本社会・経済発展の知られざる裏側を「果物×歴史」で多種多様に読み解く、「もうひとつの日本史」。