国体に取り憑かれて…
ある日の晩のこと。いつものようにかかってきた息子からの電話でいきなり、
「お母さん!いつも使ってるユニフォーム洗いのブラシ、どこやった!?」
「ヤバい。あれがないとユニフォームパンツの汚れが落ちひん。絶対誰か盗ってったわ…」
え…?
もうあの夏の甲子園以来、母は大阪に行っていない。部屋の掃除も冷蔵庫の補充もしていない。
いったい誰が翔大の一人暮らしの家に入って、その汚いユニフォーム洗いブラシ一つ盗って出ていくというのだ。
どう考えても家のどこかにあるはずだと言っても、いや絶対に誰かがこのブラシだけを盗って行ったと言ってきかない元木翔大。
ヤバい。
練習しすぎて国体に取り憑かれて…ちょっとメンタル危ういことになってしまっていると母は察した。
…って。
そのくらいなんで野球部引退前に練習せんかったんか、遅いわ!
…と喉元まで出かけていたら、残念なことにきっちり父親は声に出してそう言い放った。
あー、言ってもうた。
大事なブラシは結局小さな翔大の部屋のどこからも見つからない。どう考えてもあんな小さなモノがてくてく歩いて出ていくはずないのに。
謎。ミラクル。マジカル。
結構そんなことは気づかないだけで日常にたくさん散らばっているものかもしれない。
でも最後の最後、翔大が国体のベンチに入れるなんてミラクルは、著名な魔法使いが杖をブンブン振り回して相当な魔法をかけないと叶わないことだ、とさえ思いもしなかったのに…。
後輩くん達の快進撃、大阪大会準決勝進出により国体日程が見事重なってくれたおかげで、晴れて翔大は国体のベンチ入りメンバーに選ばれた。
背番号は「14」。
履正社に入って最初で最後、正規の履正社のユニフォームを着て、試合に出られることになった。