紫式部が細かく不美人を描写!?
では、平安時代に「美人ではない」と評されたのは、どんな容姿だったのだろうか。『源氏物語』「末摘花」で、「背はぬうとして高い。それに続いてこれは片輪(原文ママ)だと見えるのは鼻である。浅ましく高くって先の方が下に垂れて赤い。
顔の色は雪よりも白くてそして青い。額が非常に出ているのになお下の長い顔に見えるというのはよくよくの長い顔であると思われる。
痩せていることは甚しくて骨ばかりのような身体である」と髪を褒める前にこれだけ容姿に文句をつけているのである。
つまり、体格は小柄で、鼻は長大でなく、赤からず、鉤鼻(かぎはな)で小さいこと。
また、色は白く(青白いまでいくとよくないのであろう)、額の形はふっくらと丸みを帯びていて、顔立ちも下ぶくれであること、痩せているより少し太っていた方が美しいとされたようだ。
また、目は大きくなく、引き目で、俗にいうおちょぼ口が当時の美人の条件として紫式部は認識していたのであろう。現代とは全く違う感覚である。
これだけの悪条件を抱えても、末摘花の美しく長い黒髪は「美人の資格」があるとされたのだから、平安時代ではまさに「髪は女の命」だった。