巖さんはソファにどかっと腰を下ろした
ひで子さんは、「よかった。よく頑張った。偉かった。もう安心しな。巖の言った通りになったね」と駆け寄り、頬を寄せんばかりに伝えた。
本人はぽかんと座っていた。
報道陣としてその様子をスクープ撮影できた。この写真は『週刊金曜日』の表紙を飾った。
次々とかかる祝福の電話にひで子さんは「検察は偉いよ、偉いよ」と言っていた。耳を疑った。なんという懐の深さか。KOチャンスに相手を追いこまない弟と同じだった。
「世界一の姉」に握手を求めた筆者は、思わず涙ぐんだが、ひで子さんは笑っていた。外で待つ報道機関のため、ひで子さんは青空会見をした。
猪野さんもこの日の様子を説明し「ひで子さんが喜んで伝えても、巖さんは反応がなかった。対照的だった2人の姿こそが、この事件の残酷さを象徴していると感じました」と話した。
※本稿は、『袴田巖と世界一の姉:冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(花伝社)の一部を再編集したものです。
『袴田巖と世界一の姉:冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(著:粟野仁雄/花伝社)
いよいよ審判が下る、戦後最大の冤罪事件
見込み捜査と捏造証拠により死刑判決を受け、60年近く雪冤の闘いが繰り広げられてきた袴田事件。
数奇な運命をたどってきた88歳の死刑囚と91歳の姉、そして「耐えがたいほど正義に反する」現実に立ち向かってきた人々の悲願が、いま実現する…
無実の人・袴田巖氏を支え続けた姉・ひで子さんと、弁護団・支援者たちの闘いを追った、渾身のルポルタージュ。