イラスト:川原瑞丸
思ってた未来とは違うけど、これはこれで、いい感じ。コラムニストかつラジオパーソナリティ、ジェーン・スーは女の人生をどう切り取るのか? 1月9日に発売になる新著『これでもいいのだ』(中央公論新社)から、疲れた心にじんわりしみるエッセイをセレクトします

シミ、シミ、シミ

取材で撮影してもらった写真を見たら、首元に醤油を飛ばしたようなシミがあった。大きさ、色、形、どう見ても黒子ではない。

子どものころからアトピー性皮膚炎を患っていたので、もともと綺麗な首の持ち主ではない。頬にはぷっくりと膨らんだ小ぶりの老人性色素斑もあるし、UVケアを真面目にやったこともない。年齢を考えると、妥当と言えば妥当だ。

なるほど、ついに私の首にもシミが出てきたか。余裕ぶって、椅子の背もたれに身を預ける。半笑いとは裏腹に、心はガクンと揺れたあと、ゆっくり沈んでいった。まるで古めかしい油圧式エレベーターのように。

もしかして。慌てて鏡に手を伸ばし、首筋を映す。悪い予感は的中していた。写真にはまだ写らないが、目視できるシミがふたつみっつあった。

『これでもいいのだ』(ジェーン・スー:著/中央公論新社)

そう言えば、手にも出てきたんだっけ。鏡を持つ手の甲に視線を移すと、人差し指から真っ直ぐ降りてきたあたりに、小さくふたつのシミがあった。

再び鏡を覗き込む。あらら、頬にも増えたような。頬、首、手の甲に、シミ、シミ、シミ。心のエレベーターは、地下深くに潜っていった。

仕事からの帰り道、ドラッグストアに寄ってシミ消しクリームを買う。1000円もしない安モノだ。シミを綺麗に消す効能などないことは、重々承知の上で買った。要は気休め。

シミ消しなら美容皮膚科に行って、レーザーでバチンバチンとやればいい。そうやって老いと鬼ごっこをしている友人も少なくない。私はまだ、二の足を踏んでいるけれど。