穏やかだが強くて頑固な母

母の手作り癖はすごかった。私が幼い頃、スーパーに並ぶおいしそうな菓子パンを見て食べたいと言うと、母は「パンが食べたいのね」と家に帰って天然酵母を使ってパンを作ってくれたくらいだ。

天然酵母入りのパンは時によって発酵具合が違っていて、酸っぱかったり、硬かったりした。大人になった今ではドイツパンやカンパーニュなどハードなパンが好きになったが、幼い頃は口を切ってしまいそうなくらい硬くて甘さが少ないハードなパンは、理想のパンとは違っていた。当時の私は、チョコスティックのパンのような、甘くてふかふかなパンが食べたかったのだ。

結局、母はパン作りの勉強を重ね、最終的には作ったパンをパン屋さんで売るくらいにまでのめり込んでいた。

母は穏やかだが強くて頑固な人だと思う。

小学生の時、洗濯をしてくれていたのは母だった。取り込んだ洗濯物を運んできてくれた母に、「これ私のものじゃない」とちょっとした難癖をつけたら、「じゃあ明日から全部自分でやってね?」と言われ、その翌日から成長して一人暮らしをするまで、本当に自分で干すことになった。

一度決めたら変えない、静かに頑固な母だった。

※本稿は、『じんせい手帖』(徳間書店)の一部を再編集したものです。


じんせい手帖』(著:井上咲楽/徳間書店)

歌が歌えるわけでもない、演技ができるわけでもない、モデル出身でもない。そんな何者でもない井上咲楽がテレビに出続けられる理由――。

「笑顔で明るくいつも元気」というパブリックイメージを持つ彼女が、テレビに出演しながらも抱えてきた「不安」や「悩み」、「ブレイクまでの苦悩」「自己肯定感の低さ」「生きづらさ」などについて赤裸々に綴ったエッセイ。

21のキーワードで彼女を紐解くコラムや、「親友」&「大先輩・藤井隆」のインタビュー、栃木にある実家、高校時代のバイト先で撮影した8ページのグラビアも。