2023年11月24日に永眠された、作家・伊集院静さん。『機関車先生』『受け月』など数々の名小説を残し、『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』を手掛けるなど作詞家としても活躍したほか、大人としての生き方を指南する連載エッセイ「大人の流儀」シリーズでも人気を博しました。今回は、そのシリーズ最終巻『またどこかで 大人の流儀12』から、伊集院さんのメッセージを一部お届けします。
いなくなってしまえば
馴染みが消えるというのは淋しいものである。それが人であればなおいっそう寂寥感は増すのだろう。
人でなくとも、街なら、店などがそうであろう。
先日、千代田区神保町の一軒の本屋さんが休業した。休業は別に永遠ではなく、ビルを建て直し、再開するそうだ。昨日、自著が足らなくなって買い求めに常宿を出て、駿河台下の坂道を下りて行ったのだが、そこにいつも開いていた本屋が閉まっていた。
――そうか、しばらく休業すると通知が届いていたナ。
そこで別の本屋をめざしたのだが、“本の街”として有名なこの界隈には案外と新しい本を販売している本屋が少ないことに気付いた。数軒しかない。
たしかこっちにあったなと、すずらん通りを奥に行った。あった。昔、店長と仲が良かった店だ。しかしどこを探しても、私の本は一冊もなかった。何か書店員が選んだ本が表に置かれているのか、この春に出版した3冊のどれもない。
――こんな本屋だったっけなあ~。
いや、本屋は競争が激しくて特徴を出さねば生き抜いていけないのだろう。それにしても自分の本がないのは淋しいものである。それでもどこかにないかと探し回ったがなかった。少し腹が立ってくる。
――何だ、スカシタ本ばかり置きやがって!
仕方がないので店員に尋ねると、倉庫のほうにはあるらしい。出版社から送られてきても私の本は店頭には置かないのだろう。
――よくまあこんなにツマラナイ本ばかりを並べてやがるナ(すべてではないが)。
ともかく倉庫にある本を買って送ってもらうことにした。