品性は失ってはならない

人間が歩み出す道程に、ラクな道はひとつもない。

こう言えば、「そんなに人生は大変なの? じゃ嫌だネ」と平然と若い人は言う。若い時に成功してラクな暮らしをしている人もたしかにいるが、そんな輩の生涯などツマラナイし、クダラナイのは目に見えている。

では苦労した人が必ず好運を得るかと言えば、そんなことはない。ここに人生の不平等と運命の厄介さがある。

しかしそれでも、ラクしたい、とそれしか発想がない者は間違いなく、崩れて行く。

少し厳しいことばかりを書き連ねているが、ラクしたい! 金が欲しい! という願いは、人間の中で、もっとも品性に欠けている者の発想であることは間違いない。

品性があれば、ラクもできるか? 決してそんなことはない。むしろ苦しい辛いことのほうが多いだろう。それでも品性は失ってはならないのである。

※本稿は、『またどこかで 大人の流儀12』(講談社)の一部を再編集したものです。

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