2023年11月24日に永眠された、作家・伊集院静さん。『機関車先生』『受け月』など数々の名小説を残し、『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』を手掛けるなど作詞家としても活躍したほか、大人としての生き方を指南する連載エッセイ「大人の流儀」シリーズでも人気を博しました。今回は、そのシリーズ最終巻『またどこかで 大人の流儀12』から、伊集院さんのメッセージを一部お届けします。
忘れるから生きて行ける
3月11日、北の地は朝から天気も良くて、そろそろ午後の2時半を回るなという時刻に、庭先に目をやると、二羽の仔雀が遊んでいた。家の二階の換気扇のカバーの中を巣にして生まれた子供たちである。
家人とお手伝いのトモチャンが、玄関先に落ちた藁(わら)を見つけ、真上を見上げ、雀がせわしなくはばたいて何やら懸命にやっていた。
「あっ」と二人は同時に声を上げ、「巣作りだわ」と笑い合ったらしい。
カラスの攻撃も何とか乗り越え、無事産卵し、巣立ちまでに至った。仔雀にすれば、我ヵ家の庭は、彼、彼女のテラスのようなものなのだろう。見ていて愛くるしい。大きさは私の手の親指くらいだろうか……。
――ああ、無事な春なのだ……。
と思わず声がこぼれた。