床の間がなくても季節を感じたいと、アトリエでは毎月しつらえを替える/「如月」

草乃さんは美術全集を見ながら図柄を考え、手書きで図面を作成し配色を決めていく。時には異なる色の糸を撚り、絵の具を混ぜるようにして繊細な変化を生み出す。

「たとえば同じ花でも、野山に咲くか花壇なのか、場所が違えば色も違って感じられるでしょう。私はその繊細な差も糸で表現したい。図案通りに刺していても、思いもよらぬ物語が浮かび上がることがあります。それが面白くて、夢中で作品を作りました」。

40代になった頃、同居する義母が脳梗塞で倒れて介護が必要になる。施設に入居した義母の世話に毎日通いながらも、刺繍を続ける道はあきらめなかった。

「介護の日々は心身ともに疲弊も大きかった。それでも帰宅して一針一針進める時間は、自分への優しさを取り戻すために大切なものでした」。それは手仕事の効能でもあり、美しいものを自らの手で生み出す創作の力でもあると言う。

「母は、父を亡くしてから20年間、一人暮らしでした。その寂しさや体の痛みをやわらげる《おくすり》と呼んだのが、自分で考えたアップリケ刺繍。

新聞紙に色とりどりの布を貼って切り、野菜や布に見立てた作品を作って、92歳の時にコラージュ作家としてデビュー。それが話題を呼び、本を出したり、私と一緒にテレビに呼ばれたり忙しい晩年を過ごして、103歳まで元気でいてくれました」

「太陽への讃歌 夏」部屋に置いても可愛いはがきサイズの作品。「伝統工芸品を〈買う〉のではなく〈作る〉。身近に置いたり、プレゼントしたりする喜びを、多くの人に味わってほしいのです」