同じことを繰り返し聞かれて、ついイライラしてしまう
師走の声を聞いても、私の体調は回復せず、消化器のいろいろな検査を受けた。結局逆流性食道炎以外はこれといった病気は見つからなかった。
お医者さんは介護のストレスが原因だろうと言う。しかし、家で父の面倒を見ていた時に比べたら、老人ホームの居室に行って話し相手をするくらい、何ということはない。ご飯作り、洗濯、入浴介助のどれもしていないのに、ストレスで不調だなんて、在宅介護を続けている人に申し訳なくなる。むしろ仕事でストレスが多かったのが原因だと自分では思っていた。
12月の中旬、午後3時半頃にコーヒーを持って行き、お菓子を渡してから、一輪挿しの水を替えたり、新聞を畳んだりしていると父が私に訊ねた。
「まだコーヒーが飲めないのか?」
「うん、胃が痛くてね」
「悩みがあるのか?」
「まあ、仕事をしているといろいろあるよ」
と私が答えると、父は意外なことを言い出した。
「良かったな。仕事があって。おまえはあと2年で古希だろう? そんな年になって仕事をくれる人がいるなんて、ありがたいと思ったほうがいい」
父もたまには良いことを言うなと思った。そのうちに、テレビで水戸黄門の放送が始まった。たぶん40年位前の番組の再放送だ。画面を見ながら父は呟いている。
「由美かおるはきれいだな」
「本当にきれいだね」
私が相槌を打つと父は喜ぶ。今日の私の役目をこなしたと思っていたら、父が予想外の
質問をしてきた。
「何年生まれだ?」
私はスマホを使って検索し、由美さんの生まれ年を伝えると、父は驚いている。
「えーっ、今は70代か? こんなにきれいだからもっと若いはずだ」
「あのね、確かに今もとても若くてきれいだけど、この番組はずっと前の再放送だよ。由美さんが30歳位の時じゃないかな?」
1時間近い放送中ずっとこの会話が繰り返され、私はイライラしてきた。
「パパ、何回も同じことを聞かないでよ!」
「俺はさっきも聞いたか? 覚えていない。ボケたのかな?」
ついに私は言ってしまった。
「そうだね!」
父は非常に前向きな性格だから、私の辛らつな言葉に落ち込んだ様子はない。
「96歳なんだから、すぐに忘れても仕方ない。おまえも俺の年になったらわかる。長生きしてみろ」
私はきっぱり言った。
「最近体調が不良で、長生きする自信はありません」
「それは困る。俺より先に死ぬな」
オーマイ・ダッド! そんなふうに言われると、冷たくしきれなくて却って辛くなるじゃない!