父は焼き芋が大好き
父の居室に入ると、焼き芋の香りがする。ゴミ箱に目をやると、お芋の皮やレシートが入っていた。
「パパ、今日は焼き芋を買ってきたんだね。おいしかった? 受付の人が、戻るのが遅かったから心配したっておっしゃっていたよ」
「甘くておいしかった。でも焼き芋ができるのに時間がかかったんだ。店の中で焼いているそうで、焼き上がるまで30分位かかると言われて待っていた」
「どこで待っていたの?」
「店の中で立って待っていた」
私は店内で父が立っている様子を思い浮かべ、「体力あるね」と父を褒めてから聞いた。
「立っているのは疲れたでしょう?」
「いいや」
と返事をした後に父は「疲れを知らない子どものように……」と、どこかで聞いたことがある歌を口ずさんでいる。一人で外出したのが余程うれしいのか、焼き芋がとてもおいしかったのか、父は終始上機嫌だった。
私は老人ホームからの帰り道、父の行くスーパーに寄って牛乳などを籠に入れてレジに並んだ。料金を払う際にレジの人に聞いてみた。
「午前中に焼き芋を買いに来た高齢の男性がいたと思いますが、担当していらっしゃいましたか?」
「はい。来ると必ず焼き芋を買われるので、お顔も覚えていますよ」
「私は娘です。お芋が焼き上がるまで待たせていただいていたそうですね。父が立っていたら、ほかのお客様の迷惑になったのではないでしょうか」
レジの人は微笑んで答えてくれた。
「いいえ、座って待っていただいていました」
立っていたというのは父の思い違いらしい。小さなスーパーなので、椅子を置いたら通路を塞いでしまって邪魔になるはずだが、どこにいたのだろう。レジの人は、バックヤードに行くドアを指差して私に言った。
「事務所の中で待っていてもらいましたよ」
私は丁寧にお礼を言って店を出た。知らないところで、父に優しく接してくれる人がいることが心底ありがたかった。
(つづく)
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