たまに一人で買い物をする楽しみ
老人ホームと父と私の三者で、父が一人で外出する際の取り決めをしている。病院や外食や散髪などは私が車で連れて行くが、近所の小さなスーパーには、父が一人で歩いて行くのを認めるということを確認し書類を出してある。
父は96歳。若い頃から方向音痴なのに、買い物に行って一人で無事に帰って来られるかどうか、実は心配だった。書類を提出する前に、私は2人の息子に相談した。
「おじいちゃんのホームから100メートル位のところにスーパーがあって、そこへは一人で自由に行かせてあげたいと思っているのだけど、どう思う?」
2人とも老人ホームに来たことがあるので、スーパーまでの距離と、段差のない歩きやすい歩道があることを知っていた。
「スーパーとホームの間には、交差点も信号もないし、まっすぐ歩くだけだから、大丈夫だと思うよ」
長男がそう言うと、次男も賛成してくれた。
「かあさんがおじいちゃんのところに行かない日に、お菓子を買いに行く自由があったほうがいいよね。一人で好きな物を買う楽しみがある方が、長生きできるんじゃないかな」
ひと月に2度程父は一人でスーパーに行っているが、道に迷ったことはない。
2024年の暮れが押し迫ったある日、ホームに面会に行った私が入り口で入館手続きしていると、受付の女性が報告してくれた。
「お父様、午前中に買い物に行かれましたよ。予想していた時間になってもお帰りにならなくて……探しに行こうかと思っているうちにお戻りになったので、ほっとしました」
私は心配をかけたことをお詫びしてから言った。
「すぐ近くなのに、どうして時間がかかったのか、父に聞いてみますね」