学校を休んで参加した、映画の撮影

小学校3年生の時に私は初めて、タイトルに名前が出るような大きな役をもらった。それは全国農村映画協会が制作する、出来たばかりの農協に入りましょうという趣旨の映画だ。

『嫁が来てから』というタイトルだった。母1人、子供が5人の農家に起きる話で、私は1番下の子の役。長野県伊那市の古い農家を1軒借り切って1ヶ月にわたるロングロケが行われることになった。

夏休みが終わって秋になっていたが、私は学校を休んで参加した。撮影の合間には牛舎の牛に餌をやったり、鶏を追いかけたりして楽しかった。

演技も監督に褒められて嬉しかった。中でもとりわけ覚えているのは、兄弟でハーモニカを取り合うシーンだ。

私がハーモニカを吹く順番を待って、「お兄ちゃん早く早く~っ」と身体を動かして催促する芝居をしていると、若い助監督が「ノリちゃん、おしっこに行きたいんだったら行っといで」と言った。

すると監督が横から「バカ、今いい芝居してるんじゃないか、お前には分からないのか」と怒鳴った。「この監督はよく分かっているなぁ」と私は子供心ながら、この今泉さんという監督が好きになった。

ロケは順調に進んでいたがある日、例の喘息の発作が起きた。宿舎にしていた旅館の廊下で、どうしたらいいかと母に電話をしていた児童劇団のマネージャーのおじさんが電話の後、面倒臭そうに病院に連れて行ってくれた。

そして、私の出番の撮影は3日間も中止になった。子供ながら僕のせいで皆に迷惑をかけてしまったという罪悪感を持った。

全ての撮影が終了して家に帰ると、私は両親に、「もうやりたくないからやめる」と告げた。「何で?」と聞かれたが深くは追及されなかった。

喘息のこともあるが、実は例のマネージャーのおじさんが、「息子の喘息のせいで撮影を中断させて申し訳ないからスタッフの皆さんに何か差し入れを」と、親が送った何なにがし某かの金をくすねて、一人で飲みに行ったりしていたのを知っていたのだ。が、親には申し訳なくて言えなかった。

 

78歳、俳優・西岡徳馬さん(撮影:植一浩)