初日の番狂わせ

ところで、集中力というものがない私は、大相撲を見ながら、よけいなことばかり考えた。

前頭9枚目・伯桜鵬が幕内土俵入りで出てきた時、取組で土俵に上がった時、前頭8枚目・欧勝馬に下手投げで勝ち、1分27秒という長い相撲に三瓶宏志アナウンサーが「我慢比べ」と言った時、花道を引きあげる時、全てのシーンにおいて、「裏声」という言葉が頭に浮かんだ。

2月23日にNHKで『第57回NHK福祉大相撲』の第2部『お楽しみ歌くらべ』を見て、私は初めて知った。伯桜鵬が出演して歌ったのだが、歌がうまいうえに、時おりコロリと声が裏返り、その声になんともいえない色気があるのだ。相撲の取り口や相撲のインタビューでは想像できない。日本相撲協会の公式ホームページの伯桜鵬の得意技、いや趣味の欄かな?にぜひ「裏声」を入れて欲しい。この歌くらべの影響は大きく、前頭4枚目・高安が土俵に登場した時は、「歌くらべで奥さんの歌手の杜このみさんと歌えるのは幸せだよね」と思い、初日は勝った気がするが、誰にどんな技で勝ったかが思い出せない。

私は初日を今までとは違った体勢でテレビを見た。テレビの前に父の両親と父の妹のお位牌を置き、その後ろからテレビ観戦した。約10万人が亡くなった昭和20年3月10日未明の東京大空襲から80年になる。その空襲の中を逃げた3人のゆくえはいまだに分からない。私は幼い頃、3人は、いつか訪ねて来ると信じていた。大相撲のファンだったのだろうと思い、お位牌にテレビ観戦をしてもらったが、荒れる初日を見せてしまった。

この荒れる初日のおかげで、私はあせった。記者の頃、江戸時代の商人である三井高利が創業した越後屋呉服店の歴史を書いていて、カルチャースクールの講演も頼まれたことがあった。いまだに江戸に興味があり、現在放映中のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』をBSと総合で2回見ている。今週は花魁・5代目瀬川(小芝風花さん)の見せ場がある。BS放送のあとには、大沢たかお様主演『火怨・北の英雄 アテルイ伝』(再放送)もあるではないか。そのため、大相撲の初日の原稿を、予想で書き終えていた。ところが、初日の番狂わせで書き直す羽目になった。

今後の大相撲の上位陣の安泰を願うばかりである。

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