特別な存在

兄貴は人生のなかで事実婚のダイアナさんを含めると4度の結婚を経験しているが、そのなかでも特別な存在が倍賞美津子さんだった。新日本プロレスを日本一のプロレス団体にできたのも倍賞さんの献身があったからだし、猪木家との付き合いも深かった。

何より、兄貴自身が本当に美津子さんのことを愛していたし、寛子さんのことは「世界でいちばん怖い」と常々語っていた。もちろん、それだけかわいがっているということである。

もっとも苦しく、もっとも輝いた時代を伴走してくれた、いわば戦友でもある美津子さんとの別れは、兄貴にとってひとつの時代が終わるような喪失感があったに違いない。だが、女優の美津子さんはイメージを売りにする仕事だ。離婚は仕方のないことだったが、私も青春時代を過ごした新日本プロレスの灯が、ひとつ消えたような思いがした。

結婚生活には区切りをつけた兄貴だったが、娘の寛子さんとは生涯、良い関係を保っていたし、美津子さんの弟、倍賞鉄夫さんはその後も新日本プロレスで仕事を続けた。美津子さんがサプライズで新日本プロレスのリングに上がったこともあり、兄貴とは良い友人に戻ったような印象だった。

伊勢丹事件や失神事件もそうだったが、兄貴の「人生の要所」にはいつも美津子さんがいた。その意味で、この離婚は兄貴にとって人生の転機につながるできごとだったように思う。

※本稿は、『兄 私だけが知るアントニオ猪木』(講談社)の一部を再編集したものです。


兄 私だけが知るアントニオ猪木』(著:猪木啓介/講談社)

アントニオ猪木がこの世を去って2年半――。

これまで沈黙を貫いてきた実弟・猪木啓介がいま、「人間・猪木寛至」のすべてを明かす。