作家志望だけのことはあり……

一三がまず行ったのが、「最も有望なる電車」という37ページに及ぶパンフレットの作成です。そこには、建設工事の説明から、費用の明細、収支予算表、住宅地の経営などの詳細が書かれていました。

そして「遊覧電鉄の真価」として、各駅の見所をアピールしました。服部の天神、箕面公園、中山の観音、売布神社など、現在の阪急電鉄でも引き継がれる各駅の「売り」は、このとき一三が掲げたものです。

このような企業広報を目的としたいわゆるPR誌は、今では当たり前のものになっていますが、それを最初に始めたのは一三でした。

作家志望だけのことはあり、さすがに筆も冴えています。

「箕面有馬電鉄の沿道はそんなによいところですか。これはくわしく申しあげるまでもありません。何人でも宜しい、大阪付近を跋捗して御覧なさい。吹田方面、桃山、天王寺、天下茶屋、住吉、浜寺、それから阪神線の沿道を街一覧になった上で比べて見て下さい。この沿道は飲料水の清澄なること、冬は山を北に背にして暖かく、夏は大阪湾を見下ろして吹き来る汐風の涼しく、春は花、秋は紅葉と申分のないことは論より証拠で御一覧になるのが、一番早わかりが致します」(※2)

読者の目に浮かぶような風景描写によって、鉄道のアピールポイントを打ち出しています。

やがて一三は、自分の文才をまったく違うかたちで発揮させることになります。

(※2)小林一三研究室編『小林一三 発想力で勝負するプロの教え 永久保存版』(アスペクト)

 

※本稿は、『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。


大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』(著:真山知幸/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

本書は、いわゆる「大器晩成型」の偉人たちが、どのように中年期を過ごしたのかに注目しました。

今まさに、多くの人が中年期に直面する「ミッドライフ・クライシス(中年期危機)」を、偉人たちはどう乗り越えたのでしょうか?