証拠はあるのか
「それは、俺ではなく他人が置いたのかもしれない。俺が置いた証拠はあるのか」
と、相手は少し上向きになり反りかえるような動作をしました。
「残念ですね、あなたは以前店長に名前を聞かれたとき答えています。その店長は、あなたがお帰りになるとき、尾行しておりました。その帰りに立ち止まった場所から、それらの本が見つかっています。それが、何よりの証拠です」
相手は下を向きました。
「恐喝で警察に通報します。そうすれば、その証拠を固めてくれることでしょう。訴訟はその辞めたパートが起こします。営業妨害を被ったのは当社になります」
相手を追い詰めるときです。役員、店長に目配せをして、たたみかけます。
「今井さんのお住まいも分かっております。もし引っ越していれば、警察から行政にお願いし引っ越し先を確かめます」
相手は観念し、黙っています。
「私は、あなたと約束をしたい。今後当店への出入りはやめてください。書籍売り場だけで結構です。書籍売り場の前は通路の通行だけにしてください。もし、ご購入したいモノがあるならば、私かこちらの役員が対応をさせていただきます。よろしいでしょうか。当店にとって大事なお客様を罪人にはしたくありませんので、3年間くらいは我慢してください。ただし、記録はすべて残しておき、近在の警察にコピーを渡します」
相手はうなだれたまま、応接室の出口に向かいました。その外には、2名の書籍販売員がいて見送りました。私と役員は「これで収まるでしょう」と言い、遅くなった食事に向かいました。それ以降、全く来店しなくなりました。
店の近くには、大通りを一つ挟んで、書籍の専門店ビルがあります。今頃そちらに行っているのでしょうか。業界は狭く、そこの幹部も同系列から分かれた旧知の方ばかりです。カスハラをすると、内容をよく知った社員が対応することでしょう。
※本稿は、『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』 (著:関根 眞一/中公新書ラクレ)
シリーズ累計30万部突破のベストセラー『となりのクレーマー』に大幅書きおろしを加え、カスハラがはびこる令和の世に問う。苦情処理のプロが、これまで実際に対応した事例を基に、相手の心理の奥底まで読んで対応する術を一挙に伝授。イチャモン、無理難題、「誠意を見せろ!」カスハラたちとの攻防が手に汗握る、でもかなり面白い「人間ドラマ」の数々。