イレギュラーに頼った道長政権のねじれ

おそらくこの時代には、じつは村上天皇の嫡男の系統ではない円融天皇・一条天皇父子こそが「ねじれ」だという意識があった。

そして一条天皇が即位した時点で、冷泉天皇・円融天皇の皇子は居貞親王1人しかいなかった。

つまり正統な天皇として期待されていたのは東宮居貞親王だったのである。そのためここで、天皇より年上の皇太従兄、というねじれができてしまった。

そして一条天皇には、道長の娘、中宮彰子(あきこ)が産んだ敦成親王(後一条天皇)という皇子が産まれてしまった。

このねじれは道長政権にも大きな悩みの種となるのである。

参考:沢田和久「冷泉朝・円融朝初期政治史の一考察」初出:『北大史学』55号、2015年/所収:倉本一宏 編『王朝時代の実像1 王朝再読』臨川書店、2021年)

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