「知らない」の一点張り

夫婦側の訴訟資料などによると、男子生徒らは「(息子が)トイレの後に手を洗わない」などと言い回り、モノマネをしてからかった。息子は日記に「尻に膝蹴りをしてきた」とも書いた。18年1月ごろから別室で自習するようになり、3月からフリースクールに通い始めた。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断も受けた。

いじめを主導したと見られる男子生徒側との面会の場は、夫婦の求めを受けて学校側が設定した。当の男子生徒は「知らない」「言っていない」と首を振るばかり。「うちの子が嘘ついたってこと?」「悪口は言えても本当のことは言えない?」。夫婦の言葉は次第に鋭さを増していく。

夫は少し前に起きた殺人事件の容疑者を取り上げて言った。「そっくりですよ。あんた、そういうふうになるよ」。男子生徒の母親は「なんですか、その言い方は」と抗議。男子生徒も机をたたいて泣き叫んだが、夫は「泣こうが何しようが絶対に許さない」と告げた。

ヒアリングが終わったのは午後8時ごろ。追及は約2時間20分に及んだ。

『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(著:日本経済新聞「揺れた天秤」取材班/日経BP)

いじめを認めない相手側に対し、息子は20年11月、いじめの賠償を求めて男子生徒ら同級生2人を提訴した。その3カ月後、逆に夫婦から一方的な非難の言葉を浴びたとして男子生徒が慰謝料を請求する訴訟を提起。事態は「訴訟合戦」の様相を呈する。

息子は裁判で「普通に学校で勉強したかっただけなのに、なぜあんなにひどいことをされたのか納得いかない。彼らはいじめを認めていないし、反省もしていない」と陳述。今も精神的な不調が続き、薬を服用していると明かした。

夫婦は書面で感情をむき出しにした。夫は面談時の男子生徒が「聞いていない、やっていない、知らないの一点張り」だったとして「被害者感情を逆なでする不誠実なものだった」と強調した。

一方の男子生徒はヒアリング以降、体調不良に苦しんできたと主張した。陳述書によれば「外に行こうとしても体が動かなくなり、学校に行くことができなくなった」と言い、中学卒業後に進んだ高校も思うように通えなかったとした。「思い込みでいじめをしたと言われるのは納得いかない」と、いじめに当たる行為はなかったと反論した。