ひらがなの「あんぱんまん」

新聞か雑誌のインタビューがあった日の夜だった。

先生は、『アンパンマン』がフレーベル館から出版された時の話を始めた。

「フレーベル館で出版した『やさしいライオン』が売れて、信用ができたので『キンダーおはなしえほん』に自由にお話をかいて欲しいと言われた。

それまでのフレーベル館は、名作絵本と言われるアンデルセンやグリム童話の絵本を出していた。新作の絵本は全く売れなかったのだ。ところが『やさしいライオン』で、新作でも売れると分かったので、オレのところに頼みにきた。そこで『アンパンマン』をかいた」

1973(昭和48)年、やなせ先生54歳のことだ。

『キンダーおはなしえほん』は、毎月幼稚園で配られる本なので、幼児対象になると文字はひらがなでなくてはダメだ、とフレーベル館から言われ「あんぱんまん」とひらがな表記にした。

『やなせたかし先生のしっぽ: やなせ夫妻のとっておき話』(著:越尾正子/小学館)

担当編集者には、

「やなせさんは、『やさしいライオン』みたいないいお話をかけるのだから、こんな、あんぱんが空を飛ぶようなお話をかかないでください」

と言われたそうだ。

私は、こっそりと、

「誰が言ったんですか?」

と聞いた。

すると名前を教えてくれて、アイツだという顔をした。私も、

「あの人ですか?」

とその人の顔を思い浮かべた。その時に聞いた名前が、今では私の頭の中でだんだん薄れてきている。間違えると大問題なので、名前はあえて書かない。

でも不思議なことに、その編集者に対して先生は怒りの感情は持っていないようだった。逆にそう言える編集者をよしとする思いを感じた。