カタカナの「アンパンマン」

それからしばらくして、フレーベル館に市販のアンパンマンのお話を依頼された(フレーベル館は幼稚園、保育園の教材としてのお話の本と全国の本屋で販売する市販本の二種類の本を作っている)。その時、やなせ先生は、カタカナの「アンパンマン」にするよう出版社に依頼した。

「アンパンマンは、弾むような響きでなくてはダメだ。ひらがなでは、そのリズム感がない。だからカタカナでなくてはと思ったから」

と私にはその理由を語った。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

アンパンマンのお話を認めてくれたのは、幼児だった。幼稚園や保育園で子供たちが競ってアンパンマンの本を読んでくれた。なぜ子供たちが好きになってくれたかは、正直分からない。やなせ先生も、

「なんで子供たちが好きになってくれるか分からない」

と話していた。そして最晩年には、

「アンパンマンと自分が子供の頃に出会ってみたかった」

と先生は言った。子供の純真な心や眼で、自分の作品を再確認したかったのかもしれないと、私は思っている。作り手としての責任感から出た言葉だろう。

先にも触れたが、アンパンマンを子供たちがそれほど好きになってくれる理由は、はっきり分からない。だが、やなせ先生がよく口にしていた言葉がある。

「子供が持つエネルギーは巨大で強力だから、子供に向かう時は、全力投球をしなくてはそのエネルギーに負けてしまう。持っている力を出し尽くさなくてはダメなのだ。だからクタクタになる」

精魂込めて全力投球をした作品だから、子供たちが素直に受け入れて、お話として楽しんでくれるのかもしれない。