それでも白黒つけたがる年配者
高齢になって、鬱になり、脱力してしまう人がいる。脱力ならまだしも、悪質なクレーマーとなって周囲に迷惑をかけてしまう人もいる。「老害」と評される年配者がいかに多いことか。役所やお店で大声で怒鳴る年配者、公的機関に電話をかけて長々と説教したり、政治的な意見を一方的に力説したりする年配者が後を絶たないという。
テレビやネットニュースなどで知るだけではない。私と同世代の何人か、あるいは年上の友人には、まるでよいことをしたかのように「役所に電話して、1時間くらいかけて熊の殺処分がどんなにひどいことかを説明してやった」と話す人もいた(私は「それはクレーマーですよ。度がすぎれば逮捕されるかもしれません」と注意するのだが、伝わったかどうか疑わしい)。
そんな年配者たちは、社会の第一線で活動していた時期の価値観を引きずっている人が多い印象だ。昔の癖が抜けず、誰かと競争したくなり、アピールしたくなり、人に命令したくなり、「こうあるべきだ」と言いたくなる。そして誰かの言いなりになるのを拒み、自分にかつてのような発言力や行動力がないのを情けなく思い、その怒りを社会にぶつける─そんな人たちだ。「サメテガル」な生き方を知らないのだ。
いまこそ、サメテガルの思考を年配者は身につければいいのに、と思う。そうすれば平穏で、大きな怒りを覚えずに過ごしていけるのではないか。老害をさらすのはほどほどにして、自分でもそこそこ満足して生きていけるのではないか。