長年、時代劇をはじめドラマや舞台でバイプレーヤーとして活躍してきた山口馬木也さん。2024年夏に単館上映で始まった初主演映画『侍タイムスリッパー』が300館以上に広がる大ヒットを記録し、国内外から注目を浴びることに。51歳で人生の大転機を迎えた山口さんの、これまでと現在地は。(構成:上田恵子 撮影:木村直軌)
なかには200回以上観てくれた人も
『侍タイムスリッパー』を最初に上映してくれたのは、ミニシアター「池袋シネマ・ロサ」です。ロサの担当者から「長く上映するには、公開後1週間でどれだけ足を運んでもらえるかにかかっています」と言われ、安田淳一監督をはじめスタッフ、出演者の僕らも公開前から劇場前でチラシ配りを頑張りました。
それが公開されるやいなや作品の評判が口コミで広がり、1週間後には大規模なシネコンでの上映が決定。上映館数は日を追うごとに増え、海外の映画祭にも招かれるなど、瞬く間に大きな作品になりました。あまりの勢いに気持ちがついていかず、「ちょっと待ってくれ!」と戸惑ったことを覚えています。
映画の撮影が行われたのはコロナ禍以降ですが、脚本自体は主演未定で10年前に完成していたもの。オファーとともに脚本をいただいて、「幕末の侍が現代の時代劇撮影所にタイムスリップし、斬られ役として生きていく」という展開をとても面白く読みました。
そこで自分の役をよく見たら、さりげなく「主演」と書いてあるんですよ。役者生活27年にして初の主演だったので、「もっと大げさに伝えてくださいよ!」とは思いましたが、嬉しかったです。(笑)
とはいえ、企画が立ち消えになる可能性もゼロではありませんでした。そもそもこの作品は、安田監督が私財を投じて臨んだインディーズ映画。東映京都撮影所が力を貸してくださったり、スタッフの人数を極力減らして俳優が裏方を兼ねたりもしていましたが、どうしたってお金の問題は発生します。「本当に完成するのか?」「映画館で上映できるのか?」という不安は常にありました。
そんななかで監督は、自身の車を売ってまで僕らにいい弁当を用意し、新幹線もグリーン車で、と気を使ってくださって……。
さすがに「そこまでしていただかなくていいですよ」と伝えましたが、それだけに映画が成功したときは、「これで監督が負担したお金を回収できる」とホッとしました。
「この作品がここまでヒットした理由は何だと思いますか」とよく聞かれます。それは逆に僕が聞きたいくらい。脚本が素晴らしいのは間違いありませんが、なかには200回以上観た方や、「まだ5回しか観ていない」なんておっしゃる方もいて、とにかくお客さんの熱量がすごいんです。非常にありがたく、貴重な経験をさせていただきました。