婦人公論.jpから生まれた掌編小説集『中庭のオレンジ』がロングセラーとなっている吉田篤弘さん。『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』の「月舟町」を舞台にした小説三部作も人気です。

このたび「月舟町の物語」の新章がスタートします! 十字路の角にある食堂が目印の、路面電車が走る小さな町で、愛すべき人々が織りなす物語をお楽しみください。月二回更新予定です。

著者プロフィール

吉田篤弘(よしだ・あつひろ)

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を手がけている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『金曜日の本』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『中庭のオレンジ』『鯨オーケストラ』『羽あるもの』『それでも世界は回っている』『十字路の探偵』『月とコーヒー デミタス』など多数。

 

第二話
ふたりオオカミ(其の二)

 父に知らせに行った。
 気の重い道行きだ。乗りなれない夜汽車に乗り、手紙も残さずに出て行った父が行き着いた港町を目指して。
〈ランプ〉という名の店。それが父が開いた「直し屋」だった。
「なんでも直します」と看板に書いてある。手先が器用なのが唯一の自慢で、こわれたものを直して、どうにか身を立てている。
 このひともまた貧乏を恐れない。気ままに生きて、ガラクタに囲まれている。笑いたくなった。右も左もガラクタばかりじゃないの。

 

「そうか」と父は言った。
 そっけなくはなかった。幾分か声が震えていたかもしれない。この前、会ったときは無精髭だったけれど、三ミリくらいに整えている。たぶん、ガラクタの中から拾い上げた鋏で、汚れた鏡を見ながら整えたのだろう。
 もしかして、わたしが来るから?
「なにもしてやれんが」
 分かってる。わたしだって門司君だって何もしてあげられなかった。唯一、教会に咲いていた白い花を、「棺に入れたいのです」と神父様にお願いした。
「何か言ってなかったか?」と父の低い声。
「急だったから、何も」
「そうか」
「でも」と確信もないのに言ってみたくなる。「遠方に、っていつも言ってた。きっと遠くにいる誰かに会いたかったんじゃないかな」
「そうか」
「それだけ」
「そうか」
「それ、何を直してるの?」