五省と山本五十六の言葉
五省は、戦前の旧海軍で海軍兵学校の校長を務めた松下元が考案したものだと伝えられている。松下は海軍兵学校長を退いた後、佐世保鎮守府司令長官などを務め、1937年に予備役に編入されている。つまり、真珠湾攻撃以降の大戦には直接参加していない。とはいえ、先の大戦を戦った旧海軍の基礎を築いた一人である。
松下が活躍した時期は、1930年代初頭、日本が国際的に孤立して日米対立が激化し、極端な精神主義が広がり始めた時期に重なる。決めつけてはならないが、その時の我が国社会や海軍内部の過剰な精神論を上手にまとめて具現したものが五省であったということも考えられる。五省の内容が説得力に富むだけに、その後、一人歩きをしてしまい、批判を許さない「金科玉条」のようになっていったという危険な側面もあった。
そんな五省を今でも海上自衛隊はありがたがっている。それ自体が否定され得るものではないとしても、海上自衛隊ならではの文化であることも事実だ。陸上自衛隊が旧陸軍の幹部の言葉を五省のような形で後生大事にしているという話は聞いたことがない。
あるいは、こういう言葉は読者の皆さんも聞いたことがあるかもしれない。
「やってみせ 言って聞かせてさせてみて 誉めてやらねば人は動かじ
話し合い 耳を傾け承認し 任せてやらねば人は育たず
やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば人は実らず」
これは、連合艦隊司令長官として真珠湾攻撃を指揮した山本五十六の言葉だ。これも名言ではある。海上自衛官には特に人気で、東京・市谷の海上幕僚監部や各地方隊の総監部に一歩足を踏み入れれば、必ず誰かがこの言葉が印刷されたマグカップやポスターを身近に置いているほどだ。