「なんであの人が……」
米海軍が理解できない海上自衛隊の人事はまだあった。
仲の良い米海軍の友人からは「なんであの人が自衛艦隊司令官なのか?」という質問を受けることがあった。人事の突っ込んだ話は同盟国同士であっても失礼に当たるので、トップ同士ではこんな話はできないが、個人的な信頼関係がある者同士ではこういう会話も交わされる。
米海軍は海上自衛隊の司令官の経歴を調べ上げている。一緒に戦う人間がどういう経歴の持ち主なのか、という理解がなければ戦場で連携が取れないこともあるからだ。
ところが、自衛艦隊司令官や水上艦の中央組織である護衛艦隊司令官の中には、戦闘艦の経験が米海軍に比べ極端に短い人間もいた。護衛艦隊司令官、自衛艦隊司令官は、海上幕僚長に上り詰める可能性の高い配置である。だから、旧海軍の人事制度を基本とした海上自衛隊の人事では、デスクワークは得意だが、艦隊勤務の乏しい人間も“将来の海上幕僚長”として自衛艦隊司令官に着任することがあるのだ。
米海軍ではこんなことはまず考えられない。たとえて言うならば、自衛艦隊司令官とは、米海軍の第7艦隊司令官のようなものだ。兵員35万人の巨大組織である米海軍であっても、第7艦隊と同等の艦隊は5つしかない。この艦隊司令官を10カ月で交代させることなど米海軍にとってはあり得ないことだし、その理由が年次の都合であるということなど想像を絶するのだ。
米海軍のトップは作戦部長というポストだが、戦闘経験がある前線指揮官を務めた者でなければ就くことはできない。米海軍の場合は艦乗りであったり、空母艦載機のパイロットだったりするのだが、艦乗りであればイージス艦で巡航ミサイルトマホークを何発もぶっ放した経験があり、米海軍の柱である空母打撃群を指揮した人物が海軍トップに上り詰めることが一般的である。
だが、海上自衛隊の場合は、イージス艦の艦長が海上幕僚長はおろか、海将に上り詰めるケースも極めて少ない。国際標準で言えば、最新鋭艦の艦長としてインド洋補給活動に従事したイージス艦の艦長は海の防人として最大の尊敬を集める存在であるにもかかわらずだ。