艦隊勤務で3Kの典型とされるトイレ掃除
ここから先、汚い話が苦手な方は読み飛ばしてもらって構わないが、艦隊勤務で3Kの典型とされる過酷な仕事がトイレ掃除だ。艦艇には150人から300人の人間が乗り込み、全員が毎日小便をする。そうすると、小便が結晶化し、一定期間を過ぎるとパイプが詰まってしまうのだ。
当たり前の話だが、このパイプを掃除する作業は臭くてたまらない。誰でも嫌がる仕事だ。パイプを外し、ワイヤーを通し、それでもだめな場合はバーナーでパイプを焼いて結晶を膨らませたうえでハンマーでガンガン叩いてパイプを通すことにより乗員の生活の一番重要な部分が保たれるのだ。
あるいは、停泊時には週に一度の食料品が積み込まれる。海上自衛隊ではこの食料を「生糧品」と呼ぶのだが、積み込まれた日は、傷みやすい鮮魚を早く食べる観点から必ず刺身が出るというのが慣例だ。だが、この刺身用の新鮮な魚を満載した「トロ箱」がとてつもなく生臭いのだ。乗組員は過酷なトイレ掃除や「トロ箱」を積み込むようなキツい仕事がある。
海上自衛隊には、こうした文字通り臭い仕事がたくさんある。そして、大学を出た幹部自衛官は、3尉、2尉の時に必ずこうした作業に付き合わなければならない、というのが私の信条であり、艦艇部隊の伝統でもあった。
つまり、艦長などほんの一握りの幹部を除く艦の総員で生糧品搭載を行うべきだと私は考えている。人が嫌がる仕事から逃げるような人物には、誰も命を預けるはずがない、隊員と苦楽を共にしてこそ、俺に命を預けてくれと言えるのだ――という「信条」により、幹部自衛官もこうした仕事を一緒に行うのだ。
ところが、こうした臭い仕事に出てこない若手の幹部自衛官もいた。ひどい時など、生糧品の搭載作業には一切顔を出さずに、食事時に「へえ、今日は刺身なんですね!」などと平然と言う。若い血気盛んな頃の私はその時、「お前、自衛官辞めろ」と迫ったものだ(後年は優しくなった……と思う)。今の世の中であればパワハラで処分を受けるかもしれない。
だが、司令官としての心構えは、こうした細部に宿るのである。小役人のようなデスクワークばかりが得意でも、こうした、本当に臭い仕事に付き合わないような人間に部下は命を預けないのだ。
話を元に戻そう。腰掛けのような艦隊勤務だけこなし、デスクワークが得意な人間が出世していくような海上自衛隊の人事のあり方を、友軍である米海軍はじーっと見ている。それは当然だ。一緒に戦う相手なのだから、どのような資質を兼ね備えているか、見極めておかなければならない。そういう米海軍の冷厳な視線を浴びても、胸を張れる海上自衛隊であってほしい。私の切なる願いだ。
※本稿は、『自衛隊に告ぐ-元自衛隊現場トップが明かす自衛隊の不都合な真実』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『自衛隊に告ぐ-元自衛隊現場トップが明かす自衛隊の不都合な真実』(著:香田洋二/中央公論新社)
戦後80年間の平和に浴し、自衛隊は有事に闘えない組織になってはいないか。
「これは、誰かが言わなければならないことだ」。
元・海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)が危機感と使命感で立ち上がった。