退職後ボランティアで「自分をなくした」
2023年、年の瀬の都心。5、6人収容可能な広い貸会議室に取材対象者と筆者の2人。林田剛さん(仮名、57歳)が沈黙してから10分近くが過ぎようとしていた。インタビューを開始した時には青白く、生気が失せていた顔は、いつしか頬に赤みが差し、目が充血し始めている。発話の時間が迫っている。そう感じたのとほぼ同時に、林田さんが重い口を開いた。
「自分を、なく、した……」
56歳で早期退職して始めた地域でのボランティア活動を、わずか半年で辞めた理由を尋ねた答えの最初のフレーズがこれ、だった。
蚊の鳴くような声、も普段からしゃべり慣れていない人にはよくあることなのかもしれない。ただ彼の場合は、経営企画部や広報部に長く在籍し、株主やマスメディア関係者など幅広く社外に向け、情報を発信してきたIR(インベスター・リレーションズ)やPR(パブリック・リレーションズ)のプロである。それまで長年の継続取材で彼のこれほど弱々しい声を聞いたことがなく、普段は根気強く発話を待つところを思わず質問した。
「えっ、今、何とおっしゃいましたか?」
「……つまり、そのー……第二の人生、この時こそ、長年の夢であった、社会貢献、人の役に立つ活動を、周囲の評価や社内ポジション、そして組織や人との利害関係なく、思う存分できる。そう、信じていたのですが……。結局は、自分が価値のない人間に思えて自分を見失ってしまった。絶望した、のです……。なんとも情けない、こと、です……」
林田さんは嗚咽していた。再び乾いた空気が流れ始める。事の経緯と彼の心情を知るためにも、ここでただ待っているわけにはいかない。つらい質問であることは承知のうえで尋ねた。
「どうして、自分は価値のない人間、と思われたのですか?」
「だって、無報酬ですからね」
また沈黙するかと思ったが、呆気に取られるほど早く、素っ気ない答えだった。
「いくら人のために、と考えて頑張っても、無償で活動する、つまり活動したことの対価が支払われない、ということは、活動成果が誰からも評価されていない、ということじゃないですか。もちろん、ほかにもいろいろな壁というか、問題はありましたけれど……やはり無報酬というのが、一番大きかったと思います」
いつの間にか、元の淡々とした表情に戻っていた。
在職中から志高く、CSR事業の推進に力を注いだ林田さんが、退職後のボランティア活動になぜ、「絶望」してしまったのか。この約20年間の軌跡をたどり、探ってみたい。