状況が変われば、誰もがそうなりうる
こうした気持ちの背景には、無意識のうぬぼれが潜んでいます。
親しい関係の中でも、このうぬぼれは顔を出します。たとえば、夫婦関係では、最初は相手がいてくれることに感謝していたのに、次第にそれが当たり前になり、雑な扱いをしてしまうことがあります。
「おい、風呂沸かしといて」なんて昔は言えなかったのに、気づけば当然のように言っている。そんな変化はないでしょうか。
このように、人は誰しも知らず知らずのうちに「自分は正しい」「自分は優れている」と思ってしまうものです。
しかし、私たちは本当に、自分が正しいと言い切れるのでしょうか?
「自分は優れている」と感じる瞬間、そこにうぬぼれはないでしょうか?
マウントを取る人に腹が立つのは、どこかで「自分はマウントなんか取らない」と思っているからかもしれません。でも、状況が変われば、誰もがそうなりうるのです。
この問題に、大きなヒントを与えてくれるのが親鸞という人です。親鸞の教えがどのようにこの問題の答えを出してくれるのかを見ていきましょう。
まずは、親鸞がどのような人なのか、お聞きください。