真っ直ぐに
プロレス興行のチケットは、決して安くはない。指定席で5000円から8000円、最前列ともなると1万円も珍しくない。大きな大会だと3万円以上することもある。月に何度も足を運ぶと、結構な額になるのだ。遠征ともなれば、交通費や宿泊代も馬鹿にならない。
それでも彼女・彼らは観戦する。指定席Aで満足する私と異なり、たいてい最前列か2列目にいる。稼ぎの悪くない人たちなのだろうが、それにしてもだ。
私は彼女・彼らの楽しむことに貪欲な姿勢に感銘を受けている。モノの価値は自分だけのものさしで決めるのが一番美しいと常々思っており、それを実行に移している姿が、私の目にはとても眩しく映る。自分を幸せにするものがハッキリわかっている人たちだ。お金と時間を捻出し、全身全霊で味わう。なんと贅沢なことか。
子育てや介護に費やす時間が必要で、自分だけの幸せを追求するのは二の次になってしまう人もいるだろう。彼女・彼らにも趣味を最優先できない時期はあっただろうし、これから来ることになるのかもしれない。それでも、多数から幸せと見做(みな)される価値、たとえば一目で高級とわかる品を所有するとか、多数派が承認しやすいステイタスのために時間や労力を費やすといった選択をせず、自分だけの宝物にありったけの力を注ぐ姿は輝いている。ままならぬ日常があるからこそ、晴れの場はまばゆい光を湛える。大人の醍醐味だ。
「推し活」という言葉にもかなり手垢がついたが、自分の真っ直ぐな「好き」に正直であり、それを味わうために全力を尽くし、己の熱量を他者と比べないことこそが、その本質なのだろう。プロレス会場に行けば、そこには心強い先達がいる。
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きのうまでの「普通」を急にアップデートするのは難しいし、ポンコツなわれわれはどうしたって失敗もする。変わらぬ偏見にゲンナリすることも、無力感にさいなまれる夜もあるけれど、「まあ、いいか」と思える強さも身についた。明日の私に勇気をくれる、ごほうびエッセイ。