なぜ、ご近所さんは教えてくれなかったんだろう、というちょっとした逆恨みのような気持ちと、「よりによってYさん夫婦との食事の日に、あんたは~」という自責の念が、頭でぐるぐる回っています。しかし、今はこのピンチをなんとかしのがなければ。

お店までは、ここから2時間近く。急いでYさんに電話し、正直に理由を話して謝ると、「えっ、入れ歯だったの」と驚かれ、あなたらしい、と大笑い。

恥ずかしさがこみ上げるも、とにかく家に帰らねば、とタクシー乗り場へ。車は1台もなく、数人が待っています。バス停に急ぐと、次の出発まで20分。意を決し、小走りで家に向かいました。

焦る気持ち、申し訳ない気持ち、鏡に映った自分を見た時のショック。さまざまな思いが交錯するなか、家で入れ歯を装着し、タクシーを呼んで1時間弱遅刻してお店に着きました。

Yさん夫婦に会ってまず平謝りしましたが、そんなこともあるでしょう、と一言。優しい言葉に救われました。私のドジぶりに爆笑しながらお酒は進み、外出時に何を忘れたら一番困るか、という話題に。私はもちろん「入れ歯」と答えました。

「入れ歯以外は、忘れてもなんとかなります。自分の入れ歯って、唯一無二のものです。今日は本当に焦りました。自分の入れ歯が愛おしくなりました」

後日Yさんから、私が酔ってこんなことを言っていたと聞かされ、恥ずかしくなったものです。

あの日、私は手土産のお菓子とお借りしていた本のことをすっかり忘れ、持ち帰ってきてしまったのですが、翌日すぐに郵送しました。今送らないと、この本は一生返せないような気がしたのです。