人間とクマの境界線が失われつつある
金井さんが襲われた佐山町の現場は、彼の生まれた家のすぐそばだ。山も川も、彼にとっては幼い頃からの遊び場だった。「昔からクマはいた」と金井さんが語るように、クマという存在は決して他人事ではなかった。直接的な被害こそ少なかったが、「いる」という意識は、代々この地に暮らす人々の中に根付いていた。ただ、この出来事の数年ほど前から、地域では明らかな変化が起きていた。
現在、金井さんが暮らすのは佐山町から車で20分ほど南下した薄根町だ。平野が開けた農村地帯で、山がちな佐山町と比べると自然との距離がある。金井さんの仕事上のボスであり、ここで古くから農業を生業としてきた石井均さんも「近年、この地域では変化が起きている」と話す。
「ここは200年くらい野菜を作っている土地なんだけど、ここ5年くらいで、クマが出るようになったんです。それまでは、見たって話すら聞かなかった。最初は信じられなかったよ。加えて、イノシシやサルといった他の野生動物も同様に出没するようになったんだ」(石井さん)
それは、この土地の長い歴史の中でも異例のことだった。今回の襲撃は、「クマが人里に下りてきている」という新たな局面の中で起きた事故といえるだろう。食糧の減少や気候・環境の変化、人の営みの変容――あらゆる要因が折り重なり、野生動物が人里へと姿を現すようになってきている。
尚、薄根町から4~5kmほど山の方へ入った秋塚町のリンゴ園では、2006(平成18)年に顔面の大半を失う熊害も発生。その被害者のインタビューも、『ドキュメント クマから逃げのびた人々』に掲載されている。
※本稿は、『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)の一部を再編集したものです。
『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(著:風来堂/三才ブックス)
人間がまともに戦えばほぼ勝ち目のない動物、クマ。
襲われた当事者の生の声を聞く、衝撃のノンフィクション