「相手の困難を利用したリクルート」戦術
また、KGBによるアメリカ人のリクルート手法を明かす『THE PRACTICE OFRECRUITING AMERICANS IN THE USA AND THIRD COUNTRIES』では、経済的窮状や家庭内問題、あるいは政治・思想的な不満などを抱える人物が標的とされていることが示されている(1)。それはまさに「MICELDS(マイセルズ)(※)」を指標としているとわかる。
経済的苦境に陥った人物を「救済」してやれば強い恩義や負い目を抱かせることができ、また政治的不満のある人物なら「君の行動は正しい革命的行為だ」と説得できる素地が大きい。その一方で、家族にまつわる問題やスキャンダルを握っておけば、心理的に相手は逃げ道を塞がれやすいというわけだ。KGBはターゲットが何に悩み、どんな後ろ暗い事情を抱えているのかを把握したうえで、最も効率的な取り込み策を選んでいたのである。
1992年にイギリスへ亡命したKGBのワシリー・ミトロヒンが持ち出したKGBの機密資料「ミトロヒン文書」を始めとした複数の文献にも、「相手の困難を利用したリクルート」戦術が繰り返し取られてきたことが示されている。
実際、元KGB工作員のスタニスラフ・レフチェンコは、米CBSのインタビューで「KGBが、ある人物が弱みを持ち始めたことや、弱点があるという情報を得たときに、接触を試みる。この情報は、本人を知っている人物や噂、新聞記事、本など、さまざまな経路から得られる」と述べている(2)。
※ターゲットをリクルートする際の動機を分類した伝統的な「MICE」モデルを修正した筆者考案のモデル。MICELDSのMは「金銭(Money)」、Iは「思想・信条(Ideology)」、Cは「名声や信用の危機(Compromise)」、Eは「欲求(Ego)」、Lは「愛(Love)」、Dは「不満(Disgruntlement)」、Sは「ストレス(Stress)」「秘密(Secret)」を指す。
(1)CIA『THE PRACTICE OF RECRUITING AMERICANS IN THE USA AND THIRD COUNTRIES』
(2)CIA『INTERVIEW WITH STANISLAS LEVCHENKO』(1985.6)