「救済」と「依存」の現場
過去にリークされたソ連第一総局(KGBの対外情報機関)の研修用文書には、「外国人と接触する好機は、彼らが問題を解決し紛争状況を収拾しなければならない局面に訪れる。例えば税関規則違反や交通事故、ソ連の法令違反などで困っている時である」と明記されている(3)。
この文書は、外国人旅行者がソ連国内でトラブルに直面した際にKGBが接触しやすいこと、さらには「(そのような局面が)自然に発生しない場合はそうした問題を人為的に作り出すこともできる」ことを示唆している。そして、相手の苦境に付け込み脅すだけではなく、苦境を解決し、そこから継続的な協力へとスムーズに誘導するのだ。これはいわゆる「支援」や「救済」というステップに該当する。
具体的には、海外留学生や運動家を勧誘する際、まずはその人物の性格や背景、家族関係まで徹底的に調べ上げる。「どこに不満があるか」「経済的支援を必要としているのか」「恋愛の悩みがあるのか」といった細部まで割り出す。そのうえで、資金提供や進学の便宜をちらつかせるなど、手頃な「救済」を提示しながら相手を少しずつ取り込んでいく。
結果としてターゲットの側では「自分を理解してくれる組織」「助けてくれる組織」という認識が強まり、次第に情報の小出しに抵抗を感じなくなる。そこから先は依頼を重ねるだけでよく、情報を次々蓄積できる。
そのうちターゲットは、自分が積み重ねてきた協力関係を壊すことに、より強い不安や罪悪感を覚えるようになる。「ここまできたら逃げられない」という心理が生まれる。そうして「裏切れない構造」が固まったところで、もし態度に変化が見られれば秘密を盾にする脅迫のカードが用意されている、という寸法である。
(3)DAILY BEAST『The KGB Papers: Here Are the Originals』(2017, Dec.)