登山の楽しみ
山登りには、計画を立てる楽しみ、実際に登る楽しみ、下山後に検証する楽しみの3つがあります。一度の登山で3回楽しめるわけです。
しかも、山登りにはお金がかかりません。道具さえ揃えてしまえば、必要なのは、目的地に行くための交通費だけ。当時は、500円あれば丹沢山(神奈川県)まで、1000円あれば谷川岳(群馬県と新潟県の県境)まで行くことができました。お金をかけずに丸一日楽しめて、山頂に立つ達成感も味わえるのですから、お金のない学生にはありがたいかぎりです。
地元の人たちとの交流も、登山の楽しみの一つでした。リュックを担いで田舎道を歩いていると、畑仕事をしている人が「これから登るのかい」と声をかけてくれます。訛りが恥ずかしくて東京の人とは話せなかった私も、田舎の人が相手だと舌が滑らかになります。「帰りに寄ってきな」と言われるたびに、律儀に立ち寄っては、お茶をご馳走になったり、漬物のお土産をいただいたりしました。こうして、行く先々で人々の親切に触れ、ますます登山が好きになっていったのです。
登山という目標ができたことで、退屈だと感じていた大学生活にもハリが生まれました。勉強や琴の練習を一生懸命やるようになり、関心の幅も広がって、いろいろな分野の本を読むようになりました。「人が行かないような場所に自分は行ったんだ」という思いが自信となって、人と話すのも怖くなくなりました。山は、慣れない東京で劣等感に苦しんでいた私を癒し、自信を取り戻させてくれたのです。
※本稿は、『人生、山あり“時々”谷あり』(潮出版社)の一部を再編集したものです。
『人生、山あり“時々”谷あり』(著:田部井淳子/潮出版社)
「世界初」の称号と三度にわたる雪崩との遭遇、突然のガン告知と余命宣言、そして東日本大震災の被災地の高校生たちとの富士登山・・・・・・。
女性初のエベレスト登頂を成し遂げた登山家・田部井淳子が綴った、笑いあり、涙ありの感動エッセイ!!!




