謎多き写楽

そして、写楽。版画の世界で説明すれば、彼の打ち出し方は、当時の常識では考えられないものでした。

黒雲母(くろきら)を使った大判の役者絵でデビューしますが、本来、版元が売れるかどうかわからない新人の絵師に、最初からコストもかかる大きな絵を描かせることはあまりないことです。

まずは小さな「細判」で試してみて、人気が出たら大きな絵を、というのが定石。

企画展には実際に使われている雲母(キラ)の粉末も

だから、写楽のデビューは、蔦重にとってまさに起死回生の一打。一大プロジェクトだったのではないでしょうか。

ただ、写楽の絵は当時あまり売れなかった、とも言われています。あまりにセンセーショナルすぎたのかもしれません。

活動期間は14か月足らずと言われ、現存している作品数も非常に少ないことからも、それはうかがえます。売れていれば、もっとたくさん摺られて残っているはずですから。

私たちアダチ版画では、初代が写楽に魅せられ、現存する全142図の復刻を成し遂げました。

今でこそインターネットで画像を探せますが、当時は資料集めが本当に大変で、海外のオークションカタログなどをかき集めて研究したそうです。それくらい写楽のオリジナルは現存数も少なく、貴重なんです。