そのうち、雷鳴が大きくなってきて、稲光がガラス戸の向こうで瞬いた。ほとんど爆発音と言っていい轟音が足もとから響き、そのいちいちが空腹に共鳴する。自分のお腹が鳴っているのか、雷鳴がお腹に共振しているのか分からない。
なるほど、「雷さまにおへそをとられるぞ」という脅し文句はこういうところから来ているのか──。
ガラガダとグルルに包囲されていたので、ガラス戸が開かれた音など聞こえるわけもなく、でも、実際は開かれて閉められ、
「えっ?」
と気づいたときには、お店の中に雨に濡れた男の人が立っていた。
匂いで分かった。
雨に濡れた男の人の匂いだ。
「すみません」
とその人は申し訳なさそうに言った。
話し方で分かる。
雨に濡れた、申し訳なさそうな男の人──。
「じつは、ボールペンのインクが切れてしまいまして」
その人はずいぶんと背が高かった。
雨に濡れた、申し訳なさそうにしている、背の高い男の人だ。
雨宿りかと思ったが、どうもそうではないらしい。
「すごくめずらしいボールペンなんです」
彼はわたしの方に近づこうとせず、長い腕を思いきり伸ばして、そのボールペンをこちらへ差し出した。
まるで、それが合図であったかのように雷鳴が激しく轟く──。
自分の濡れた体が、なるべく商品やわたしに近づかないよう配慮してくれたのだ。黒いコートにはびっしりと雨滴が張り付き、もし、雨の日の犬のように体を震わせたら、あたり一面、シャワーを浴びたようになるだろう。
彼の足もとには、じわじわと小さな水たまりができつつあった。
リレーのバトンのように受け取ったボールペンは、軸がミッドナイト・ブルーで、一見、シンプルなフォルムだけれど、いくつか特徴があるので、
「スウィフトの速記用ですね」
とすぐに答えが出た。日々の勉強の賜物だ。
