寮の部屋まで校舎のなかを遠まわりして歩きながら、秀梅は十歳年上の姉、秀玲(シウ・リン)の話をした。秀玲は、恩寵高女の一期生で三年生まで通っていたが、突然、退学になって家に帰されたという。それから半年間家に閉じこめられ、結局、親の決めた結婚をきらって家を飛びだしてしまった。
幼かった秀梅には、姉がどうして退学になったのかわからなかったけれど、自分が実際に公立の女学校に通ったとき、姉が日本人の生徒たちからいじめを受けていたのではないかと思ったのだという。
「わたし、この学校には編入してきたの。……最初にいった公立の学校で仲間はずれにされてね。教室でもわたしがなにかいうと、先生にはきこえないくらいの声でだれかが、リーヤ、リーヤってささやいてくる。耐えられないくらいひどかった。姉さんも同じだったんじゃないかって。当時この学校で唯一の台湾人だったっていうし、ほんとうに優秀だったから、たぶん同級生の妬みをかったのよ。姉さんは家をでたきり、いまはなにをしているのかもわからない。だから、わたし、学校で姉さんになにがあったのか絶対にはっきりさせてやるつもり」
寮の部屋の前まできたところで、それまで黙って話をきいていたハルは口を開いた。
「十年も前の話なんでしょ? 当時の生徒はみんな卒業しちゃってるし、いま学校で調べてなにがわかるの? お姉さんをさがしてきいてみるほうが早いんじゃない?」
「歳を重ねてるのに考えが浅いんじゃない? 学校って資料の宝庫なの。図書館には文集だってあるし、だいたい先生だってほとんど同じよ。もちろん、姉さんのこともさがしてるけど、週末しか外出できないし、なかなか思うようにいかないのよ」
「ほんと生意気ね。もし事実がわかったとしても、いまさらなにができるっていうの? あたしならいじめた生徒たちを問答無用で叩きのめすけど、お上品なあなたには無理じゃない?」
その言葉がおかしかったのか秀梅はくすりと笑った。
「だから、ハルさんの力が必要なんじゃない。……誤解しないで。犯人を殴り倒してほしいってことじゃないの。『黒猫』に記事を書いて。ペンは剣よりも強しっていうでしょ」
そのときチャペルから朝子と紅が帰ってきた。
「あら、梅ちゃんじゃない! もう青山さんともお話ししたのね。首を長くして待っていたわ」と朝子。
秀梅はたったいままでの太々(ふてぶて)しい態度を一変させて、ほんとうにおひさしぶり、朝子さん、とはにかんだような笑みを浮かべた。
――この猫かぶりめ。
心のなかでハルは悪態をついた。
