「ミナガワビクトリーの悲劇」
オグリキャップが登録していなかった五大クラシックは競馬の母国イギリスに倣って創設されたもので、仔馬のときに最初の出走登録をすることで生産とレースを直結させることを目的とする、競馬の規範となるレースである。
クラシックと一般GIとの大きな違いは登録方法で、クラシックに出走するにはレースごとに3回(当時は2000円、3000円、5000円の計1万円)の登録を経なければいけない。以前はイギリスとおなじように1歳の秋に第1回登録が締め切られていた(創設当初は1歳の6月)。それが2歳の10月になったのは1983年の秋だった。
この年の1月、ミナガワビクトリーというトウショウボーイ産駒がデビュー戦を圧勝、関東の競馬メディアは「ダービー候補誕生!」と大騒ぎになったのも束の間、すぐにクラシック登録がされていないことが判明する。兄姉がすべて地方競馬に行っていたことから、生産者はクラシック登録をしていなかったのだ。
この「ミナガワビクトリーの悲劇」はマスコミやファンの間で大きな論争を巻き起こし、半年後にはクラシックの登録時期が変更されている。その後、ミナガワビクトリーは屈腱炎を発症、1戦1勝のまま登録を抹消されたのだが、道営競馬(現ホッカイドウ競馬)で現役に復帰し、1985年の道営記念に勝って種牡馬になっている。
そして、オグリキャップが中央入りした1988年に「クラシック未登録問題」が再燃すると、1991年4月に競馬法が改正され、翌年から3回の登録料は合計40万円(1万円、3万円、36万円)に増額され、登録のない馬でも200万円の追加登録料を支払えば出走できるようになった。
追加登録をしてクラシックに勝った馬にはテイエムオペラオー(1999年皐月賞)やキタサンブラック(2015年菊花賞)などがいる。